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手術することの意味。。 [小耳症]




はいさぁい♪みなさん元気ですかぁ~♪





日曜日は小耳症のお子さまご家族とお会いしてきました。




ということで、、


日曜日だけど、小耳症トーク久しぶりぃ^^





今はインターネットを通していろいろと情報を得ることもできるし、
ツイッターやラインや、、ブログとかでも、
同じような境遇の人と連絡を取ることも可能になったけど、

実際に会って、顔を見て、お互いのことばで話をする。

っていう、、
それが一番だと思うから、
今回、お会いできた方々と、、
まず第一歩、つながることができたのかな、、
なんて思っています。

そして、
再会した方々とは、
また一歩、近くなることができたと思います。


小さな一歩だけど、大きな一歩。



今回、感じたこととしては、
やはり耳介形成の手術をすることの「意味」
を考えている親御さんは多いのかな、、ということでした。


昔、インターネットがない時代は、
おそらく、
病院の先生に紹介してもらったりというかたちが多く、
手術をするのが当たり前ということがあったと思いますが、
今は、インターネットの普及によって、
それこそ、手術をしないという選択肢があることも知ることができるし、
手術をすることのメリットやデメリットを知ることもできるし。

とにかく情報が多いですから、
その中で親御さんがどのように考えていくか、
ということがまず大きな部分になると思います。



そんな中、あるお父さんに、
手術は自分ですると言ったのですか?
ときかれました。


はっきり言っちゃうと、
やっぱり昔は手術をするという流れになっていたのもあるし、
親がそのように誘導してくれたのもあります。

そう答えました。


ただ、
僕の場合は、
手術をしたくないと思ったことはなかったし、先生を信頼していたので、
特にいやだと思うことはなかったし、そういうものだと思っていました。

そう付け加えたんですね。


結局、手術をしてよかったことといえば、
隠さなくなったことは大きなことで、
と、、そうはいっても、
それはファミリーの青年たちに出逢ったから、
僕自身も変わることができたんですね。

そんな話をしました。



また、そのお父さんから、
手術をしなくてもいいと思っているんですけど、どう思いますか?
という風にきかれました。


それについては、
手術について、、僕なりのお話をさせていただいたんですね。


手術は、しなくてもいいと思います。

結局、
手術をしてもしなくても、どちらでもいいと思います。

形が必要なのか、聞こえが必要なのか、、その両方なのか、、
それによっても変わってくると思うし、
適齢期と言われる10歳前後に手術をすることもないと思うんですね。

もちろん、手術をするというのが決まっているのであれば、
それは適齢期にした方がいいとは思いますけど、
そうでない場合は、
無理にその適齢期である10歳前後にこだわる必要はないと思います。

大人になっても手術はできるみたいですし、(←そうらしいです)
無理やり手術をして、しなければよかったとかなっちゃうと、
もうどうしようもないかもしれないけれど、
手術をすればよかったと思ったら、そのとき手術をすればいいと思うので、
そこは、無理に手術をするっていうのはちょっと違う気がします。

手術をしたから眼鏡をかけられるとか、マスクができるとか、、
正直それは、別に手術をしなくてもいくらでも工夫できると思います。

だから手術はしなくてもいいとは思います。

それよりも、
耳が小さいこと、もしくは耳が人と違うことでいろいろ言われることはあります。
それは、
小さい頃、保育園幼稚園や小学校の時が、一生の中で特に多いと思います。
言ってくる子どもに悪気はなくても、、
言われた子ども、つまり小耳症本人には少なからず何かしらはあると思います。

でも、
それに負けない強さを持つことが大切だと思うんですよね。
ショックを受けても、立ち上がる強さ。

そんな、心の強さを持つように育てることができれば、
手術をするしないということではないんだと思います。


とお話ししました。


その意見には、お父さんも納得されていました。



心の強い子

ブログだと、簡単に言ってるように聞こえちゃうし、
子育てをしていない僕のことばに、説得力はないかもしれないけれど、
お話をしたお父さんも同じように、
「心の強い子に育てる」ということが大切というように思ってくださっていました。



だから、
手術について、もちろんした方がいいかしない方がいいか、、
いろいろ悩むこともあると思いますが、
育て方として、、
そのような気持ちを持っていただけるといいのかな、、
と、、
小耳症本人として思います。



このように言うと、
なら手術しなかった方がよかったのか、、
という風に思われるかもしれませんし、
そのお父さんにも、
手術してよかったですか?
ときかれましたが、


よかったです。

そう答えました。


なんか、、わからないけど、、
やっぱり、、自信がついたというかなんというか。
堂々とできるようになりました。

眼鏡とかマスクとか、、そういうのもあるけれど、
ただ、僕の場合は、
髪を短くすることができて、堂々とすることができた。
自信を持つことができた。
という、、その部分で、手術してよかったな、、と思っています。


ただ、、だからといって、
必ずしも手術をするということがいいことではないし、
これはあくまでも僕の話なので、ひとつの参考意見としていただければと思います。


それに、、
手術をする場合でも、やっぱりいろいろありますからね。

いくら綺麗な耳をつくっても、
その手術によって、手術に行くまでの過程によって、
小耳症本人、お子さんの心が疲れてしまったら、、
それはよかったと言えるのか、、ということだと思うんですよね。

親御さんは、
「綺麗な耳をつくる方がいい。」
と思われるでしょうが、
綺麗な耳と引き換えにお子さんの大切な心を傷つけてしまったとしたら・・・



小耳症ファミリーのお父さんはこんなことを話していました。


手術をしたから終わりっていうことじゃないと思うんですよね。

綺麗な耳がいいかもしれないけれど、
私は綺麗な耳よりも、子どもの心を大切にしてくれる先生に手術をしてほしい。
そう思ったんですよね。
それに、「綺麗な耳」って何ですかね。

手術をしたから終わりじゃない。
だからこそ、子どもの心を一番に考えてくれる先生を選ぼうと思ったんです。

という、お父さんの話がとても心に響きました。



手術をしたからって、
小耳症でなくなったというわけではなく、
少なくとも、
耳はメガネがかけられたり、マスクがかけられたりできるようになったとしても、
それで小耳症が治った、、
というのとはまた違うんですよね。

小耳症は、
手術をしてもしなくても、、
Bahaをつけてもつけなくても、
エピテーゼをしてもしなくても、
外耳道を開けても開けなくても、
それ以外の方法をやったとしてもやらなかったとしても、
小耳症なんだと思います。

耳のことでいろいろ言われることもあるだろうし、
聞こえの面で不便なこともあるだろうし、
ちょっぴりでも、運動ができないこともあるだろうし、、
人それぞれあるけれど、
小耳症の耳とは、、一生付き合っていくんですよね。

手術をしたからといって、
綺麗な耳になるからといって、
耳をつくっても、
小耳症本人の心に傷だったり、
「何か」が残ってしまうのだとしたら、
それははたしてよかったと言えるのだろうか。

誰にとってよいことなのか、、


小耳症本人として、手術経験者として、
僕自身はそう感じて、そう思っているので、
お父さんのことばは、、とても心に響いたんですね。


やっぱり、
小耳症本人の心を一番に、、
っていうのが、僕自身、小耳症本人として思うことなんですよね。



だから、手術を受けさせることや病院、先生を選ぶ場合は慎重に、、
と思っていますが、
結局、前にも書いたけど、
手術をするしないよりも、自分の耳を好きになれるか、、
っていうそういうところなんだと思います。



小耳症で大切なのは、


強い心を持つこと

自分の耳を好きになること


だと思います。



他にもあると思うけど、、
今パッと答えるとしたら、、僕はそのふたつかな。。

だから、
少しでも、このようなところに近づいていけるといいのかな、、
と思っています。



と、、そんな話をしたのですが、、
やっぱり、、顔を見て話した方が伝わると思うのですが、、
お会いできない小耳症の親御さんもたくさんいらっしゃると思うので、
ブログで書いています。


いつも言うとおり、
これは小耳症本人の、ひとりの手術経験者の感じたこと、考えなので、
小耳症のお子さまを持つ親御さんの気持ちに沿った話ではないこともあると思いますが、
小耳症本人の声として、
ちょっぴり、心の片隅にでも、、置いておいていただけるとうれしいです。







やっぱり10月は、、大切な月だな。。



そう思いつつ、、日曜日なのに11月に小耳症トークでした^^







今日も1日笑顔で楽しく過ごせますように☆





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